これからの精神医療を探る 【精神病院経営探訪】その③


医療法人新光会 不知火病院(福岡県大牟田市)
 医療法人新光会不知火病院(219床)は、福岡県大牟田市にあって有明海に注ぐ堂面川の河口に面し、干満の差が大きい潮の流れを聞き、潮の香りに満たされた恵まれた環境にある。そこでは魚釣りやカニと遊ぶこともでき、ひととき子供に返れる場ともなっている。当院は初代の徳永壽彦前理事長が1960年6月に精神科の不知火保養院を開設したことに始まり85年には医療法人化し、翌年に不知火病院に改称された。その後、現在の徳永雄一郎理事長にバトンタッチされ、精神科を中心に予防から治療、リハビリ、社会復帰まで継続性、一貫性のあるサービス提供に向け急速に各施設を展開して今日に至っている。

■薬頼みの精神医療から脱却 ストレス社会に対応し、”大自然”を利用

 当院の経営理念は次のように掲げられている。「不知火病院は、あらゆる”こころの問題”に専門的に取り組む医療機関として、地域社会に貢献し、開かれた病院として、心のこもった医療を提供していきます」。また、それを実現するために以下のような宣言を行っている。

1.医療の向上に努力し、良質で効果的で安心して受けられる医療を提供します。
2.地域社会の一員として、地域に開かれた選ばれる病院を目指します。
3.満足される医療の提供をするために、精神医療のメニューを多様化していきます。
4.予防から治療、リハビリ、社会復帰まで、継続性一貫性のあるサービスを提供します。
5.家族相談、生活相談、医療相談など各種情報提供を行うセンター的役割を担います。

■全症例にクリニカルパス

 「当院は病院を治すところであり、常にその成果が問われなければならない」が徳永理事長をはじめとするスタッフの哲学であり、職場や家庭に極力復帰してもらうことに重点を置いている。そのために全症例にクリニカルパスを適用している。また、分裂症患者には積極的に就労支援を行い、完治せず、帰るところがない患者にはグループホームで生活支援を行っている。治すことに重点をおいているために老健施設や特養といった介護や福祉面には進出せず、他機関との連携により今後とも対応していく姿勢を貫いている。参考として年齢別入院患者の状況を掲げる。

■「海の病棟 ストレスケアセンター」を開設

 当院の先駆的な医療への取り組みとしては、わが国初めての試みとして知られる”ストレスケアセンター”にみることができる。それまでの薬に頼る精神医療に対し疑問を感じ、なるべく薬に頼らない多面的な治療を目指し、また、一方では経済至上主義やバブル経済崩壊後に現れた社会的歪みによるストレス社会の深刻さを感じ、もっと社会に近づいた医療の必要性を痛感し、同センターの開設に至った。当院のここ数年の患者をみると、精神科特有の疾患である分裂症やてんかん症はほとんど増加せず、むしろ今後は少子高齢化の進行で減少することが予想される。それとは反対にうつ病やストレス症が増大し続けており、海の病棟の意義が実証されつつある。 経営的には7年間ほどは赤字であったが、この数年は収支トントンとなった。特に同病棟は30~64歳の患者が多く、疾患の原因となるライフイベントでみると、男性では約8割が仕事上でのストレスが原因となっている。女性では配偶者、恋人、友人、上司との関係となっており、そのうち半数は職業を持っている。このような疾患では、一旦そこから離れて、海の豊かさ太陽の輝きや樹木や草花といった自然環境に浸り、自分のリズムを取り戻すことによって治癒効果を高めており、約8割の患者は退院後も薬に頼らず、社会復帰を果たしている。また、これら優れた環境の他に、建物も治療の大事な道具と考え、太陽や風、匂いといった自然の変化を体感できる病室、緊張をほぐす曲線を多くした母性的な空間など随所に工夫が施されている。ちなみに同病棟は48床のうち、個室は12床(1日10,000円)で、その他4人室(1日5,000円)となっており、平均60日、1クール90日の入院を限度としている。2階病棟にはカウンセリング室(診療室)が外来とは別に4室もあり、いかにカウンセリングを大切にしているかが見てとれる。その他デイルーム、作業室、食堂などゆったりととられており、一般の従来型精神科病棟面積の3倍もとられている。

海の病棟のホームページ: http://www2.fukuokanet.ne.jp/sinkokai/uminobyoutou/

■カイロプラクティックやアロマテラピーも

 治療面においては患者側の薬を使いたくないという希望に沿って、少しでも薬を少なくし、また、大半が強い肩こりや緊張の持続からくる体の不調がみられることから、カイロプラクティックやアロマテラピーを取り入れている。さらに近くには温泉がたくさんあることから温泉巡りを行って緊張をほぐし、リラックスしてもらっている。このようなユニーク性もあってか、入院患者の約20%が東京、50%が地元以外の他府県からとなっている。今日の診療報酬改定にみるように従来型の単に病床規模を誇り、収容所化したところは、今後の生き残りは厳しくなった。今や精神科医療にも”本物”とは何かが問われている。

(この記事は2002年3月号の「医療タイムス」に掲載されました。)